どのみち死なねばならぬなら、 私は、なっとくして死にたいのだ。
結婚はすばらしいことだが、結婚生活という習慣をつけたことは誤りだと思う。
我は生きようとする生命に取り巻かれた生きようとする生命だ。
人は、運命を避けようとしてとった道で、 しばしば運命にであう。
心の底を傾けた深い交わりは禁物です。 愛情の紐は解けやすくしておいて、会うも別れるも自由なのがよいのです。
恋をする男は自分の能力以上に愛されたいと願ってる人間である。
それが彼を滑稽に見せる理由である。
もっとも平安な、そして純粋な喜びの一つは、労働をした後の休息である。
俺たちの一生を台無しにするのは、 運なんて言うものじゃない。人間なんだ。
ねえ、あなた。話をしながらご飯を食べるのは楽しみなものね。
男と女が結婚したときには、彼らの小説は終わりを告げ、彼らの歴史が始まるだろう。
行く河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず、
よどみに浮かぶ泡沫は、且つ消え、且つ結びて、久しくとどまりたるためしなし、
世の中にある人と住家と、またかくの如し。
結婚なんてつまらない。 死ぬまで夫婦の約束を守らなくちゃならないんだもの。 そんなバカげた約束を誰ができて?明日どんな風が吹くか、神様だってご存知ないわ。
夫婦間の会話は、外科手術のように慎重に取りかからなければなりません。 ある種の夫婦は正直なあまり、健康な愛情にまで手術を施し、 そのために死んでしまうようなことになるのです。
結婚をしないで、なんて私は馬鹿だったんでしょう。 これまで見たものの中で最も美しかったものは、 腕を組んで歩く老夫婦の姿でした。
男と女というこうも違った、また複雑な人間の間で、互いに良く理解しあい、 ふさわしく愛するために一生を費やして長すぎるということはない。
死者も我々がまったく忘れてしまうまで、本当に死んだのではない。
人生は往復切符を発行していません。 ひとたび出立したら再び帰ってきません。
三週間互いに研究しあい、 三ヶ月間愛し合い、 三年間喧嘩をし、 三十年間我慢しあう。 そして子供達が同じことをまた始める。