学校で学んだことを一切忘れてしまった時に、なお残っているもの、それこそ教育だ。
教えることのできない子供というものはない。あるのは子供達にうまく教えられない学校と教師だけである。
塩の辛さ、砂糖の甘さは学問では理解できない だが、なめてみればすぐ分かる。
20歳だろうが80歳だろうが、とにかく学ぶことをやめてしまったものは老人である。 学び続ける者は、みな若い。人生において一番大切なこと は、頭を若く保つことだ。
人生は卒業後に自分からどれだけ能動的に働きかけたかで決まる。
小中学校で教えられることは教育ではない。教育の手段である。
人間はどんなところでも学ぶことができる。 知りたいという心さえあれば
少年老い易く、学成り難し。一寸の光陰軽んずべからず。
子供は食う権利がある。子供は遊ぶ権利がある。 子供は寝る権利がある。子供は叱られる権利がある。…… ところが本当に子供を叱る人が少なくて、怒る人が多いのである。
経験は最良の教師である ただし、授業料が高すぎる。
平凡な教師は言って聞かせる。 よい教師は説明する。 優秀な教師はやってみせる。 しかし最高の教師 は子どもの心に火をつける。
昨日の思想によって子供を縛るのは教育ではなく訓練である。 明日の思想によって子供を縛るのもまた教育ではなくて訓練である。 教育は訓練ではない。創造である。
学べば学ぶほど、自分が何も知らなかった事に気づく、気づけば気づくほどまた学びたくなる。
「君の話すことは、全部本に書いてある。君から学ぶことは何もない」
教育の過程はそれ自体を超えるいかなる目的ももっていない。 すなわちそれはそれ自体の目的なのだ。
教育は科学であってはなりません。それは芸術でなければならないのです。