青春の時期は、いつの時代でも恥多く悩ましいものだ。 もう一度やれと言われてもお断りしたい。
青春期を何もしないで過ごすよりは、青春期を浪費する方がましである。
駒鳥は巣立ちしてまもなく林の中を一直線に飛翔するという。 そして多くの若い駒鳥が樹木に衝突して地に落ちる。
人は十五歳の時たくさんいろいろな事を考える。 そして人生の問題を殆ど発見する。 その後は、それに慣れて、だんだんにそれを忘れていく。
一般に青年が主張する内容は正しくない。 しかし、青年がそれを主張するそのこと自体は正しい。
青春ほど死の翳(かげ)を負い、死と背中合せな時期はない。
もし私が神だったら、 私は青春を人生の終わりにおいただろう。
若くても美しくなく、美しくてもわかくなければ、なんにもなりはしない。
僕は二十歳だった。 それが人生で一番美しい年齢だなどとは誰にも言わせまい。
青年は教えられることより刺激されることを欲するものである。
青年にすすめたいことは、ただ三語につきる。 すなわち働け、もっと働け、あくまで働け。
若い者も美しい。 しかし、老いたる者は若い者よりさらに美しい。
青年たちは判断するよりも発明すること、 評議するよりも実行すること、 決まった仕事をするよりも新しい企てに適している。
子供っぽい空想遊びはそれで終わった。成長とともに信じる心は薄れる。 そう望んだからではなく、それが現実なのだ。
青年よ、大志を抱け! それは金銭に対してでも、自己の利益に対してでもなく、 また世の人間が名声と呼ぶあのむなしいものに対してでもない。 人間が人間として備えていなければならぬ、あらゆることをなし遂げるため、 青年よ大志を抱け。