自ら進んで求めた孤独や他者からの分離は、 人間関係から生ずる苦悩に対してもっとも手近な防衛となるものである。
孤独は山になく、街にある。 一人の人間にあるのではなく、大勢の人間の”間”にある。
社会が性格にとって有益なものであると同じように、 孤独は想像力にとって有益なものである。
孤独はこの世で一番恐ろしい苦しみだ。 どんなに激しい恐怖も、みんながいっしょなら絶えれるが、 孤独は死に等しい。
孤独が恐ろしいのは孤独そのもののためでなく、 むしろ孤独の条件によってである。
私達は竹馬に乗っても何もならない。 なぜなら、竹馬に乗ってもやはり自分の足で歩かなければならないからである。 そして、世界で一番高い玉座に上っても、 やはり自分の尻の上に座っていることに変わりはない。
孤独はいいものだということを我々は認めざるを得ない。 しかし、 孤独はいいものだと話し合うことの出来る相手を持つことは一つの喜びである。
霧の中をさすらうことの不思議さよ!生きるということは孤独であるということだ。 どんな人も他人を知らず、だれもかれも皆ひとりだ。
誰一人知る人もない人ごみの中をかき分けていくときほど、 強く孤独を感じるときはない。
この世の中で一番強い人間とは、孤独で、ただ一人で立つ者なのだ!
光の街があるなどということは嘘だ。 世界が一つのかがり火になるなどということはない。 すべての人が自分の火を持ってるだけ、 孤独な自分の火を持っているにすぎない。
我々はみな真理のために闘っている。 だから孤独なのだ。 寂しいのだ。しかし、だから強くなれるのだ。
最高のものを求める人は、つねにわが道を行く。 人間は最高のものを決して共存しない。 幸福になろうとする人はまず孤独であれ。
真の幸福は孤独なくしてはありえない。 堕天使が神を裏切ったのは、天使たちの知らない孤独を望んだために違いない。
私達の一切の悩みは、 私達が孤独で存在し得ないということから生まれてくる。
友情とは名ばかりのものだ。 私はどんな人間も愛さない。兄弟すら愛さない。 兄のジョセフだけは少し愛している。 ただし、それも習慣上からである。