真実を語るのは実にむずかしい。青年でそれをできる者はまれである。
ある真実を教えることよりも、いつも真実を見出すにはどうしなければならないかを教えることが問題なのだ。
人間の細部において個別に判断するものこそ、もっとも真実を言い当てるだろう。
人生の目的は悟ることではありません。生きるんです。人間は動物ですから。
人問は毅然として現実の運命に耐えていくべきだ。 そこに一切の真理がひそんでいる。
如何に至徳の人でもどこかしらに悪いところがあるように、 人も解釈し自分でも認めつつあるのは疑いもない真実だろうと思う。
事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである。
もっとも深い真理は、ただもっとも深い愛のみにひらく。
真実の文字は、「人間はこんなに不完全だ」からくる闘争を明らかにする。 われわれ人間は、悪事のできない天使でもないし、 高価な大望を抱くことのできない動物でもない。人間の闘争は続く。
自己を燈火とし、自己をよりどころとするがよい。 他のものをよりどころとしては成らない。 真理を燈火とし、真理をよりどころとするがよい。 他のものをよりどころとしてはならない。
一切の書かれたもののうち、 私はただその人がその血をもって書いたものだけを愛する。
真理は喝采では作れない。是非は投票では決められない。
真理! 眼をしっかり開いて、生命の強烈な息吹を全身の毛穴から吸い込み、 物事をあるがままに見、不幸をまともに見つめ、そして笑うのである!
本当の真実というものはいつでも真実らしくないものだ。 真実をより真実らしく見せるためには、どうしてもそれに嘘を混ぜる必要がある。 だから人間はつねにそうしてきたものだ。
真理をみる必要のない人々にとっては、人生はなんと気楽だろう。
真実は疑いなく美しい。しかし、嘘もまた同様である。