賢者は、生きられるだけ生きるのではなく、 生きなければいけないだけ生きる。
あたかも良く過ごした一日が、安らかな眠りをもたらすように、 良く生きられた一生は、安らかな死をもたらす。
人間は心の底ではまったく死を嫌悪していない。 死ぬのを楽しみにさえしている。消えてゆくランプに苦しみはないのである。
神はこの世の終わりを決めている。 だが我々は、その声を聴いてそれを避けることができる
臆病者は本当に死ぬまでに幾度も死ぬが、 勇者は一度しか死を経験しない。
虎は死して皮を残し、人は死して名を残す。 保険に入っていれば金を残す。
生きている兵士のほうが、死んだ皇帝よりずっと価値がある。
命というものは、はかないからこそ、 尊く、厳かに美しいのだ。
我々は、大人も子供も、利口も馬鹿も、貧者も富者も、 死においては平等である。
我々はときおり、 悪夢から目覚めた瞬間に自らを祝福することがある。 我々はおそらく、死んだその瞬間をみずから祝福することであろう。
私自身の一部分は恐怖と困惑ともって死をながめ、 他の一部分はまず好奇心から、 とりわけ美と愛が充実して現われるのをみたいとの渇望から、 死を望んでいる。
私は神に会う覚悟はできている。 私と会見するという厳しい試練への準備が神の側でできているかどうかは別問題だが。
一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。 だが、死ねば、多くの実を結ぶ。