生まれたことは確かに我々の結果なのである。 死ぬということは問題外である。 生きることが我々の喜びであり、法則なのである。
死が老人だけに訪れると思うのは間違いだ。 死は最初からそこにいる。
死を願望するものは惨めであるが、死を恐れるものはもっと惨めである。
死と同じように避けられないものがある。それは生きることだ。
生は全ての人間を水平化するが、 死は傑出した人をあらわにする。
なぜ死を恐れるのですか。 まだ死を経験した人はいないではありませんか。
私は神に会う覚悟はできている。 私と会見するという厳しい試練への準備が神の側でできているかどうかは別問題だが。
若いうちに自殺しなさい。そうすれば死を利用することができるでしょう。
眠い人が眠るように、 瀕死の人は死を必要としているのです。 抵抗が間違いで無駄だというときが、いずれきますよ。
死とは、私達に背を向けた、光のささない生の側面である。
我々はときおり、 悪夢から目覚めた瞬間に自らを祝福することがある。 我々はおそらく、死んだその瞬間をみずから祝福することであろう。
死者も我々がまったく忘れてしまうまで、本当に死んだのではない。
話好きが暖炉に背を向けるように、 人は死と背中合わせになっている。
人生は素晴らしいが、人生の終わりは死である。 これは、いかなる人の望みの究極でもある。