多くの女性を愛した人間よりも、 たった一人の女性だけを愛した人間のほうが、 はるかに深く女というものを知っている。
夫婦間の会話は、外科手術のように慎重に取りかからなければなりません。 ある種の夫婦は正直なあまり、健康な愛情にまで手術を施し、 そのために死んでしまうようなことになるのです。
女はみんな結婚するほうがいい、 男は一人も結婚しない方がいい。
結婚をしないで、なんて私は馬鹿だったんでしょう。 これまで見たものの中で最も美しかったものは、 腕を組んで歩く老夫婦の姿でした。
よい結婚はあるけれども、楽しい結婚はめったにない。
最上の男は独身者の中にいるが、最上の女は既婚者の中にいる。
幸福な結婚というのは、 いつでも離婚できる状態でありながら、 離婚したくない状態である。
結婚とは、熱病とは逆に、発熱で始まり悪寒で終わる。
同じ生活を営み、 お互いに愛し合っている二人の人間が、 どの点までお互いに謎であり、 城壁をめぐらしていることができようか。
長いこと結婚指輪が活躍してくれましたわ。 誘惑からも守ってくれました。 パーティーでは夫と何度も思い出させてくれ、もう帰る時間よとうながしてくれました。 夕食のお相手をホッとさせたこともありますし、 産科の病室では結婚指輪がステータスシンボルでした。
男が妻に望むのはただの同棲者でもなく子どもの母親でもない。 世の中の荒波を共に乗り切る相棒なんだ。
結婚は顔を赤くするほど嬉しいものでもなければ、恥ずかしいものでもないよ。
結婚はデザートよりスープが美味しいコース料理である。
愛する者と一緒に暮らすには一つの秘訣がいる。すなわち、相手を変えようとしないことだ。
男はみんな賭博師だ。でなきゃ結婚なんてしやしない。
愛情のない結婚は悲劇だ。 しかしまるっきり愛情のない結婚よりいっそう悪い結婚が一つある。 それは、愛情はあるが片一方にだけ、という場合だ。
よい女房をもらおうと思ったら、ダンスの輪の中から選ばずに、 畑で働いている女性の中から選ばなくてはならない。
不本意な結婚をした男にとって、彼女は妻ではない。敵だ。
日曜学校のクラスに金髪の美しい少女がいた。 私は一目ぼれだった。妻となった今も私の気持ちは変わっていない。
結婚生活の意は雨のようなものだ。 初めに人はこう言う。「一体、いつ降り始めたのだろうか?」 二度目の雨でこう言う。「もう雨はたくさんだ」 そして三度目の雨でこう言う。「もう、本当にあきあきした」