男がどんな理屈を並べても、女の涙一滴にはかなわない。
女達は、なぜとか、どうしてとかいう事を抜きにして愛されることを願う。 可愛らしいとか、善良だとか、上品だとか、頭がいいとかいう理由ではなく、 彼女らは彼女自身でありたいからだ。
女は素晴らしい楽器である。 恋がその弓で、男がその演奏者である。
つまらないことに熱情を感じてよく記憶していること、 これが女の一番の特徴である。 数年前の友達と交わした世間話の中に出てきたこまごましたくだらないことを その気になればいつでも正確に話せるのである。 しかもやりきれないことに、女はいつでもその気になるのである。
女は愛されることを求め、理解されることを求めない。
「あなたは愛してるって言ってくれたことがないのね」 「そんなこと知ってると思ってた」 「女は、それを聞きたいものなのよ」
ああ、世の中には面白くないことがたくさんある。 神様、あなたは女までお作りになりました。
なぜ美人はいつもつまらぬ男と結婚するのだろう。 賢い男は美人と結婚しないからだ。
男と女の間に友情はあり得ない。 情熱、敵意、崇拝、恋愛はある。しかし友情はない。
女性が弱いというのは嘘である。 世の中に何が強いと言って、無神経な事ほど強いことはない。
翻訳は女性のようなものである。 美しければ忠実じゃないし、忠実であれば、きっと美しくない。
男にふさわしいのは権威であり、女にふさわしいのは威厳である。
女の欠点を知ろうと思ったら、彼女の女友達の前で彼女を誉めてみることだ。
女も凡庸な作家も、自画自賛するほどには世間から賞賛されない。
女は自分の美点のために愛されることにときとして同意するが、 常に好むのは、自分の欠点のために愛してくれる人のほうだ。
私は私が男でないことを嬉しく思います。 男だったら、私は女と結婚しなければなりませんもの。