我々は他人が幸福でないのを当たり前だと考え、 自分自身が幸福でないことにはいつも納得がいかない。
人は幸福を探し始めると、たちまち幸福を見つけられない運命に陥る。 しかしこれには不思議はない。 幸福とは、あのショーウィンドウの中の品物のように、 好きなものを選んで金を払えば持って帰れるというものではない。
幸福は身体にとってはためになる。 しかし精神の力を発達させるものは悲しみだ。
我々がなんらかの幸福を失うことが出来る限りは、 なんらかの幸福を持っているわけである。
幸せとは欲しいものを得たり、なりたいものになったり、したいことをしたりするところから来るものではなく、 今得ているもの、今していることを、あなたが好きになるところから生まれる。
人間はあらゆるものを発明することが出来る。 ただし幸福になる術を除いては。
一生の仕事を見出した人には、ほかの幸福を探す必要はない。
幸せになろうと思わないで下さい 幸せをつかみに行って幸せをつかんだ人は1人もいません 幸せは感じるものです
本当に幸福になれる者は、人に奉仕する道を探し求め、ついにそれを見出した者である。これが私の確信である。
幸福人とは過去の自分の生涯から満足だけを記憶している人々であり、 不幸人とはそれの反対を記憶している人々である。
幸福がこの上なく大きい場合には微笑と涙が生まれる。
コロンブスが幸福であったのは、彼がアメリカを発見した時ではなく、 それを発見しつつあった時である。 幸福とは生活の絶え間なき永遠の探求にあるのであって、断じて発見にあるのではない
我々は、 幸福になるためによりも、 幸福だと人に思わせるために四苦八苦しているのである
砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠しているからなんだよ。
誤りと無知とによって作られた幸福など、私は欲しくない。