諸悪の根源は金そのものではなく、金に対する愛である。
貧困は、人生という海の砂州であり、冨は岩壁である。 幸福な人々は、その間をすり抜けて船を操っていく。
金を失うのは小さく、名誉を失うのは大きい。 しかし、勇気を失うことは全てを失う。
貧困と希望は母と娘である。娘と付き合っていると母のほうを忘れる。
私には、これから一生やっていけるだけの金がある。何も買わなければ。
貸すならば、なくしても惜しくないだけの額を貸すことだ。
借金は愚行と犯罪の多産な母親であり、知恵の不足はその父親である。
金持ちは世界の隅々にまで従兄弟やおばさんをもっている。 貧乏人が持っている親戚は不幸だけだ。
「金なんていくらあっても天国まで持っていけやしないよ」
貧困は僕とって必ずしも憎むべきものではなかった。 なぜなら、太陽と海は決して金では買えなかったから。
貧乏人の写真が新聞に出るのは、犯罪を犯したときに限られる。
金は借りてもならず、貸してもならない。 貸せば金を失うし、友も失う。 借りれば倹約が馬鹿らしくなる。
女房と財布は努めて隠しておけ。 あまりたびたび人に見せると、一日借りられる恐れがある。
愚か者は、金を持って死んでいくために、貧乏で暮らす。
あらゆる借金の中で人々は税金を一番払いたがらない。 これは政府に対するなんという諷刺であろうか。
もし他に方法がなければ乞食になってもいい。 しかも乞食になったらその日から、手に入ったお金は自分のためにも、 家族のためにも、無駄なことに絶対に浪費しないという徹底的な粘り強さ。 ――これさえあれば、人間は誰でも金持ちになれるものである。
金持ちがどんなにその富を自慢しているとしても、 彼がその富をどんなふうに使うかが判るまで、彼をほめてはいけない。
あなたがたのなかにはいつでも貧しい者がいるだろう。 というのは、いつでも富める者がいるからなのだ。 富める者、すなわち、所有よりも権力のほうを求める貪欲で冷酷な者が。