金は底のない海である。このなかに名誉も良心も心理もみんな投げ込まれる。
貧乏には、楽しいことが沢山あるに違いない。 でなければ、こんなに沢山の人が貧乏であるわけがない
金を失うのは小さく、名誉を失うのは大きい。 しかし、勇気を失うことは全てを失う。
人は、愛もなく妻を持つように、幸福もなく財産を持つ。
貧困は僕とって必ずしも憎むべきものではなかった。 なぜなら、太陽と海は決して金では買えなかったから。
金は借りてもならず、貸してもならない。 貸せば金を失うし、友も失う。 借りれば倹約が馬鹿らしくなる。
金のある者は、金があるために不正をし、 金のない者は、金がないために不正なことをする。
ああ、金、金! この金のためにどれほど多くの悲しいことがこの世に起こることであろうか!
人間のうちの最高の賢者さえも、 金を取りに来る人間よりは、金を持ってくる人間を歓迎する。
金儲けのうまい人は、無一文になっても自分自身という財産を持っている。
自分のポケットの小銭は、他人のポケットの大金にまさる。
なんのために人間は裕福でなければならないのか? なんのために彼には高価な馬が、立派な服が、美しい部屋が、 公共の娯楽場に入場する権利が必要なのか? すべてはこれは思考の欠如からきている。 こうした人々に、思考の内的な仕事を与えよ。 さすれば彼は、もっとも冨裕な人々よりも幸福になるだろう。
貧困は、人生という海の砂州であり、冨は岩壁である。 幸福な人々は、その間をすり抜けて船を操っていく。
諸悪の根源は金そのものではなく、金に対する愛である。
樫だけが樹ではない。バラだけが花ではない。 多くのつつましい冨が私たちのこの世を豊かにしているのだ。
金を持たずに済ますことにも、金を儲けるのと同じくらいの苦労と価値がある。