「認められたいという(想いは)、承認欲求とかいうそんな生易しいもんじゃない。」
解説
ドンデコルテ渡辺銀次がM-1 2024のプロモーションPV内で言っていた言葉です。
M-1 2025年で準優勝と花開いたドンデコルテ渡辺銀次ですが。このとこ場はその前年M1の予選で撮影された動画で発言しています。
15年以上、結果が出ない時間を生き抜いてきた芸人・漫才師が口にした言葉です。
この一言には、「夢を追う」「評価されたい」といったよくある言葉では収まりきらない重さがあります。
「承認欲求」という言葉が持つ、軽さ
「認められたい」という感情は、しばしば 承認欲求 という言葉で説明されます。 けれどこの言葉には、どこか
- 褒められたい
- いいねが欲しい
- 他人に評価されたい
といった、軽さ・表層性・一時的な欲 のニュアンスがつきまといます。 気持ちとしては分かりやすい反面、長い時間をかけて積み上げてきた想いや覚悟まで含んでいるかと言われればそうでは無い、それを生易しいと言っている。
これは「欲」ではなく「存在の証明」
15年売れないということは、結果が出ないまま、問い続けられるということです。
- 本当に才能はあるのか
- 今までの選択は間違っていなかったのか
- 努力しているのか
- なぜ続けているのか
それでも辞めずに続けてきた時間の先で生まれた「認められたい」という想いは、
褒められたい気持ちでも、誰かに注目されたい願望でもありません。 自分の人生そのものが、否定されなかったと証明したい。 「認められたい」というのは「存在証明」に近い叫びです。
「評価されたい」ではなく「否定されたまま終わりたくない」
この言葉の本質は、何かを“得たい”という欲よりも、否定され続けたまま終わりたくない という切実な願いにあります。
何年も結果が出ず、説明できない努力を重ね、それでも舞台に立ち続けた時間。
そのすべてを「承認欲求」という一言で片づけられるほど、この想いは生易しいものではありません。
静かで、正直で、重い言葉
この言葉は、夢を語る名言ではありません。 希望を軽やかに語る言葉でもありません。
それでも強く心に残るのは、続けてきた人間だけが持つ重さ があるからです。
「認められたい。」 それは誰かに褒められるためではなく、ここまで生きてきた自分を、自分自身が肯定するための言葉なのかもしれません。
補足
「認められたいという気持ちは承認欲求なんていう生ぬるい言葉では片付けられないんです。」 と紹介されることもありますがPVの中では
「認められたいという、承認欲求とかいうそんな生易しいもんじゃないんですよ多分」 と発言しています
渡辺 銀次 (ドンデコルテ)
Ginji Watanabe
吉本興業に所属するお笑い芸人。お笑いコンビ「ドンデコルテ」のボケを担当。M-1グランプリ2025準優勝。2016年5月から同期の益田康平(カゲヤマ)の実家(通称「益々荘」)に居住している。本名は、渡邉 博基(わたなべ ひろき)。2022年1月1日から現芸名を使用している。 趣味:けん玉/読書/日本文...