僕はどうやらこの世における一個の旅人に過ぎないようだ。 君たちとてそれ以上のものだろうか?
恋の口説は、できるだけくどくて、長いほうがよろしい。 女の心というものは、決して石でできあがっているものではないのだから。
友情は永続的なものの感情を与え、恋愛は永遠的なものの感情を与える。 しかし、両者とも後に残るのものはエゴイズムだけである。
社会が性格にとって有益なものであると同じように、 孤独は想像力にとって有益なものである。
他人の後ろから行くものは、けっして前進しているのではない。
人生は将棋のようなものだ。 自分の手中にあるものはチャンスではなく、駒の進め方だ。
男というものは、女房が小難しいことを喋っているときより、 自分の食卓にうまい料理があるときのほうがもっと嬉しいものである。
愛の表現は惜しみなく与えるだろう。 しかし、愛の本体は惜しみなく奪うものだ。
死を願望するものは惨めであるが、死を恐れるものはもっと惨めである。
古くなって値打ちが出るものを私は二つしか知らない。酒と恋する男である。
結婚というのは宝くじのようなものだ。 ただし当たらなかったからってその券を破り捨てるわけにはいかない。
恋愛は戦争のようなものである。 始めるのは容易だが、やめるのは困難である。
噂とはいい加減なものだ。たいてい噂のほうがよくできている。
翻訳は女性のようなものである。 美しければ忠実じゃないし、忠実であれば、きっと美しくない。
真の友情は、前と後ろ、どちらから見ても同じもの。 前から見ればバラ、後ろから見ればトゲなどというものではない。
人間の一生のあらゆる行動のうちで、 結婚は他人に関係することの最も少なきものである。 だがそれはまた、あらゆる行動の中で他人に干渉されることの最も多きものである。
私達は踏みなれた生活の軌道から放り出されると、 もうダメだ、と思います。 しかし、実際はそこに、ようやく新しい良いものが始まるのです。 生命のある間は幸福があります。
恋には二種類ある。 その一つは、人を誰でも見苦しいものにしてみせる"満たされない恋"であり、 他の一つは、人を誰でも白痴にする"満たされた恋"である。