あなたの友人があなたを裏切るようなことをしたからといって、 あなたは友人の悪口を人に語ってはならぬ。 長い間の友情がゼロになるから。
恋愛は人を強くすると同時に弱くする。 友情は人を強くするばかりである。
恋愛は恋愛によって始まる。 従っていかに強い友情からも弱い恋にしか移行できない。
友情と恋愛は一つの根から生えた二本の植物である。 ただ後者は花をすこしばかり多くもっているにすぎない。
友人の果たすべき役割は、間違っているときにも味方すること。 正しいときにはだれだって味方になってくれる。
われわれは恋愛を夢みるが、友情を夢みることはない。 夢みるのは肉体であるからだ。
悪い仲間は犬のようなものだ。 一番好きな相手を一番ひどく汚してしまう。
自分にとって大切なことは、 他人が自分のことをどう考えているかということではなく、 自分が彼らのことをどう考えているかということだ。
「最近は親しい友人にもだまされる」 「それが友人というものだ」
友情は静かな月のように、太陽の現れない前の大空に輝く。 だが、恋の光を受けるとすぐに色褪せてしまう。
信頼は、年を重ねた胸の中でゆっくりと育つ植物である。
友情が恋愛になるときには、二つの川のように混ざりあり、 有名なほうが他方の名を吸収する。
女が男の友達になる順序は決まっている。 まずはじめが親友、それから恋人、そして最後にやっとただの友だちになる。
友情は瞬間が咲かせる花であり、そして時間が実らせる果実である。
ヤギだの羊だのを各自がどれくらい持っているかは言えても、 友だちをどれくらい持っているかは言えない。
友人に不信をいだくことは、 友人にあざむかれるよりもっと恥ずべきことだ。
友人同士は完全な平等のうちに生きる。 この平等は、まず第一に、 彼らが会ったときに社会上のあらゆる相違を忘れるという事実から生まれる。
友人の失敗には目をつぶれ、だが悪口には目をつぶるな。
多くの愚者を友とするより、 一人の知者を友とするべきである。