快楽の対象とされていないのは、愛されている女性である。
友情は永続的なものの感情を与え、恋愛は永遠的なものの感情を与える。 しかし、両者とも後に残るのものはエゴイズムだけである。
月にむかって、 『そこにとどまれ!』などという者があろうか。 若い女の心にむかって 『一人を愛して心変わりせぬことだ』などという者があろうか。
恋愛というものは常に一時の幻影で、必ず亡(ほろ)び、さめるものだ、 ということを知っている大人の心は不幸だ。
私の愛人が他の男によって幸せになるのを見るくらいなら、 私はその女が不幸になるのを見たほうがマシだ。
女は初めてできた恋人をいつまでも離すまいとする。 第二の恋人が出来ないかぎり。
恋は結婚より楽しい。 それは小説が歴史より面白いのと同様である。
私がお前を愛するごとく、 お前も私を愛するならば、我々の恋を切り裂くナイフがあろうか。
恋人のいる人間に友情を注ごうとすることは、 喉の乾いている人間にパンを与えようとするようなものだ。
宇宙をただ一人の者に縮め、ただ一人の者を神にまで広げること。 それが恋愛である
この社会に存在している恋愛は、 二つの気まぐれの交換と、二つの表皮の触れあいにすぎない。
恋愛の誕生はあらゆる誕生と同じく「自然」の作品である。 愛の技術が介入するのはその後のことである。