男が本当に好きなものは二つ。危険と遊びである。 そしてまた、男は女を愛するが、それは遊びのなかで最も危険なものであるからだ。
恋する男からみれば、プレゼントは自分の力を確実にする一つの手段である。
幸福の最も大きな障害は、過大な幸福を期待する事である。
「時」をまねるがよい。「時」は一切のものをゆっくりと破壊する。 「時」はおもむろに浸蝕し、消耗させ、根こそぎにし、引き離す。 だが、ひったくることはない。
私も青春のことを懐かしみ、若い人を羨むことがあるが、 しかし、もう一度若くなって世の中を渡ってこなければならぬと思うと、 何よりも先に煩わしい思いがする。
恋愛は若いものの幸福な特権であり、老人の恥辱である。
ほんとうに誠実に生きるためには朝、決めたものを、 夜、NOと言わざるを得ないこともあるかもしれない。
もしあなたが約束の時間より早く着いたら、あなたは心配性である。 もし遅れてきたら挑発家、 時間どうりに来れば強迫観念の持ち主。 もし来なかったら、知恵遅れという事になる。
愛情のない結婚は悲劇だ。 しかしまるっきり愛情のない結婚よりいっそう悪い結婚が一つある。 それは、愛情はあるが片一方にだけ、という場合だ。
「君は会うたびに美しくなる」 「会ったのはついさっきよ」 「その間に美しくなった」
男どもは結婚を神聖だなどという。 それこそ神をも人をもあざむく台詞というものだ。 そしていつでも、その台詞の迷惑をこうむるのは、 純潔無垢な、理想の女性とでも言うべき乙女なのだ。
死のことは考えるに及ばない。 死は我々が手を貸さなくても我々のことを考えてくれているのだから。
人の運命を決定するのは、 その人が自分自身をいかに理解しているかということである。
それをやりにおれが生まれてきた。そのことだけを考えればよい。